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東京地方裁判所 平成12年(ワ)8077号 判決

原告

松戸秀隆

被告

南明興産株式会社

右代表者代表取締役

原文二

右訴訟代理人弁護士

渡邉修

吉澤貞男

山西克彦

冨田武夫

伊藤昌毅

峰隆之

主文

一  被告は、原告に対し、二二万八五三五円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを九分し、その一を被告の、その余を原告の、各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一八〇万円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告との雇用契約が三か月の期間満了により終了した旨の通知を受けた原告が、雇用期間は求人票記載の一年である旨主張して、被告に対し、向後九か月分の未払賃金を請求するものであるが、被告は、雇用期間は三か月であり、仮に一年であるとしても、解雇によって右期間満了前に雇用関係が終了した旨主張して原告の右請求を争っている。

一  争いのない事実等

1  被告は、火力発電所等の防災業、警備業等を事業目的とする会社である。

2  被告は、東京電力株式会社(以下「東京電力」という)との契約に基づき、同会社から、その設置運営する火力発電所の防災業務並びに受付、立哨及び構内巡視を内容とする警備業務を受託している。

3  被告は、同火力発電所構内の被告事業所に警備員を配置し、右警備業務を遂行しているが、右業務は、複数名を一組とした隔日の一昼夜交代勤務(一勤務が午前八時から翌日の同時刻までの二四時間)によって行われている。

4  被告は、右警備業務の要員補充のため、平成一一年三月三日、千葉公共職業安定所に対し、警備員の求人の申込みをしたが、右申込みに当たって被告が作成提出した求人票の「仕事の内容」欄には「東京電力(株)火力発電所 正面の受付・立哨・構内巡視 一昼夜交代勤務 (仮眠六H・休憩二H)一組複数名」との記載が、「事業所・求人条件にかかる特記事項」欄には「一年更新契約社員」との記載が、それぞれ行われている(書証略)。

5  原告は、同月九日ころ、右求人票を見、同安定所に対し、被告への求職の紹介を求めた(弁論の全趣旨)。

6  被告は、同日付けで、同安定所から求職者として原告を紹介され、同月一七日付けで、原告に対して採用選考日程の通知をした(書証略)。

7  被告は、同月二五日、原告を含む求職者三名を本社事務所に出頭させて採用選考を実施し、その際、被告総務本部運営グループの牛山修次課長(以下「牛山課長」という)が資料を配布して説明を行ったが、説明資料中の「雇用期間・年令」の項目には「雇用期間は一年更新とし、六五歳まで可(健康状態良好の時)」との記載があった(書証略)。

8  牛山課長は、同月二九日、原告からの電話による問合せに対し、原告の採用が内定したことを告知するとともに、勤務場所が東京電力千葉火力発電所構内の被告事務所である千葉事業所防災センターとなることを内示し、併せて同年四月一日本社に出社するよう指示した。

9  原告は、同日、被告本社に出社して辞令交付式に出席したが、その際、被告から交付された辞令には、「平成一一年六月三〇日まで契約社員として雇用する」旨の記載があった(書証略)。

10  原告は、同年四月一日以降、千葉事業所防災センターに配置され、東京電力千葉火力発電所の警備業務に従事した。

11  被告の契約社員に関する就業規則である「契約社員就業規則」(以下「本件就業規則」という)には、次の定めがある(書証略)。

(雇用契約期間)

四条

1 契約社員の雇用契約期間は、一年以内とする。ただし、次の各号に該当する場合は雇用契約期間を更新することがある。

(1) 健康状態等が良好で雇用条件を具備していること。

(2) 業務遂行上会社が必要と認めたとき。

2 省略

(解雇)

一〇条

契約社員が次の各号の一に該当する場合は契約期間内であっても解雇する。

(1) 契約解除を願い出た場合。

(2) 死亡した場合。

(3) 懲戒解雇に処せられた場合。

(4) 業務外の疾病により、欠勤引き続き一五日を超えた場合。

(5) 精神又は身体の障害により、職務遂行に必要な能力を著しく欠き、就業に耐えられない場合。

(6) 会社の経営上やむを得ない事由がある場合。

(7) その他契約社員を解雇するに足る重大な事由があり、所定の手続を経た場合。

12  被告は、同年五月二六日付けで、原告と被告間の雇用契約(以下「本件雇用契約」という)の期間が、同年六月三〇日をもって終了する旨の通知をした(書証略)。

13  被告は、原告に対し、同年七月一日以降の賃金を支払っていない。

14  被告は、同月九日、原告に対し、仮に、本件雇用契約が期間満了により終了していないとしても、本件就業規則一〇条七号に基づき、同日から三〇日が経過した後に解雇される旨の予告解雇の意思表示をした(以下「本件解雇」という)(証拠略)。

二  当事者双方の主張の骨子

1  原告

(一) 原告と被告間では、求人票の記載とその後の採用内定に至る経過から、本件雇用契約につき期間を平成一一年四月一日から平成一二年三月三一日までの一年とする合意が成立しており、その後に交付した辞令によってこれを一方的に三か月に短縮することは許されず、右辞令は無効である。

(二) 被告が、本件解雇の事由として主張する原告の勤務中の言動は、いずれも事実として存在しないから、本件解雇は無効である。

(三) したがって、原告は、本件雇用契約に基づき、被告に対し、平成一一年七月一日から平成一二年三月三一日まで、一か月当たり二〇万円による、九か月分の賃金合計一八〇万円の支払を求める。

2  被告

(一) 本件雇用契約の期間は、平成一一年四月一日辞令交付時の原、被告間の合意によって、同日から同年六月三〇日までの三か月とされたものであって、本件雇用契約は、同日をもって期間満了により終了したのであるから、被告には原告に対する賃金の未払はない。

(二) 仮に、本件雇用契約の期間を一年とするとの合意が原、被告間に成立したとしても、原告には次のとおりの勤務中の言動等があり、被告が火力発電所の警備という特に安全確保が求められる業務を行っていることからすれば、原告は業務についての適格性を欠き、本件就業規則一〇条七号に該当する、解雇するに足りる重大な事由があるから、被告が平成一一年七月九日原告に対してした本件解雇の意思表示により、同日から三〇日経過後に本件雇用契約は終了した。

(1) 原告は、警備業務に課された勤務サイクルを守ることができず、深夜及び早朝の業務に支障を生じた。被告の複数名を一組とした二四時間交代制勤務の警備業務については、各警備員の勤務時間割を定め、交代で仮眠時間を定めているのに、原告は、自分の仮眠時間には休憩室で漫然とテレビを見ているなどするため、仮眠時間終了後、警備業務に就いてから眠気に襲われ、警備室の受付机に座っていることができず、休憩室で休んでいることが多かった。

(2) 警備室では、マニュアルに基づき、新聞を購読している発電所の各部署ごとに新聞を仕分け・配布する作業を行うが、原告は仕分作業の途中で混乱し、パニック状態となり、途中で作業を放り出してしまう。このため、先輩社員が配布先ごとにメモを取るように原告を指導しても、原告は、メモを書き始めるものの、すぐに「こんなの必要ない」と言って止めてしまうなど先輩社員の助言にも従わない。

(3) 原告一人で巡視業務を行う際、先輩社員から、施錠の必要な場所と、施錠してはいけない場所及び巡視手順につき指示を受けているにもかかわらず、巡視中、点検しなくてもよい部屋を開錠し、また、施錠してはならない東京電力社員のロッカールームを施錠したため、東京電力から苦情の申入れがされた。

また、夜間巡視は、通常一時間で終了するところ、原告は、二時間が過ぎても帰って来ない。

(4) 原告は、業務中、東電社員らの出入りがあってもきちんとした挨拶をせず、先輩社員から注意され、いったんは改めてもすぐに元の状態に戻ってしまう。また、先輩社員からの注意に対し、非常に反抗的な態度をとることがある。

(5) 感情の揺れが激しく、些細なことで人を怒鳴りつけたり、怒り出すと年長の先輩社員を罵倒するなど攻撃的な態度をとる。

具体的には、同僚社員から弁当の片付け当番の仕事をしないことを注意されたことを根に持ち、同社員の目の前で来訪者から回収した入門許可証や構内通行証を叩き付け、これも注意されるや、「一体お前は何なんだ」、「何様のつもりだ」、「いいかげんにしろ、馬鹿野郎」などの罵声を浴びせ、また、原告が本件就業規則のコピーを希望した際、担当者に一言断るように指示した他の社員に対し、「お前は自分が長く契約するために俺を陥れているだろう」、「馬鹿野郎」などとの罵詈雑言を浴びせかけた。

(6) 警備室の受付で勤務中、突然大声で「ついてない」、「失敗した」、「きつい」などと、脈絡のないことを大声で叫び、同室で待機中の同僚社員を驚かせ、気味の悪い思いをさせた。

(7) 警備室の受付で勤務中、消しゴムに被告本社社員の名前を書き、鉛筆で繰り返し突つき、同僚が会社の備品であるから止めるよう注意しても改めず、また、自分の首筋を血がにじむまで鉛筆で突つくなどの異常な行動をとったり、警備室付近にある東京電力の植木の添え木を蹴り付けていたのを東京電力の社員に見つかり、苦情が持ち込まれたこともあった。

三  争点

1  本件雇用契約の期間。

2  本件解雇の効力。

3  未払賃金の額。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件雇用契約の期間)について

1  争いのない事実等によれば、(1) 平成一一年三月三日、被告が千葉公共職業安定所に対して求人の申込みをするに当たって作成提出した求人票の「事業所・求人条件にかかる特記事項」欄には「一年更新 契約社員」との記載があった、(2) 同月九日ころ、原告は、右求人票を見て、同安定所に対し、被告への求職の紹介を求めた、(3) 被告は、同安定所から求職者として原告を紹介された後、同月二五日、求職者の採用選考を実施し、その際、牛山課長が配布した説明資料中の「雇用期間・年令」の項目には、「雇用期間は一年更新」等の記載があった、(4) 同月二九日、牛山課長は、原告からの電話による問合せに対し、原告の採用が内定したことを告知し、併せて同年四月一日本社に出社するよう指示した、というのであるから、以上の事実関係の下では、同年三月二九日をもって、原、被告間に本件雇用契約が成立し、同時に、その後に変更されるなどの特段の事情がない限り、雇用期間を一年とする旨の合意が成立したものと認めることができる。

2  そこで、その後の経過を見てみると、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 平成一一年三月二九日、牛山課長が原告に対し採用内定の告知をした直後に、東京電力からの受託業務を担当する被告の担当部署から、千葉火力発電所の使用燃料の切替えに伴い、同発電所の防災業務が同年七月から大幅に縮小されるため、千葉事業所防災センター所属の防災業務要員の多くを警備業務に配置転換せざるを得ないとの情報が伝わってきた。そこで、被告担当者間で対応を協議した結果、被告は、同年四月一日の採用内定者中最も年少で、再就職も容易であると思われた原告について、雇用期間を三か月に短縮することを求める方針を採ることとした。

(二) 被告代表者は、同年四月一日、被告本社で行われた辞令交付式において、「平成一一年六月三〇日まで契約社員として雇用する」旨の記載がある辞令を原告に交付し、その後、牛山課長が、原告を別室に呼び、雇用期間を三か月とした事情を原告に説明し、これについての了承を求めたところ、原告から強硬な異議が出され、話合いは折合いが付かないままに終わった。

(三) 同年四月二三日、牛山課長が、千葉事業所防災センターにおいて、同センターに配置された原告を含む契約社員に対し、本件就業規則の内容につき説明を行ったが、原告は、その際にも、牛山課長に対して、雇用期間を三か月とすることには納得できない旨の強硬な発言を繰り返し、その後行われた右両名間の話合いは平行線のまま終わった。

(四) 原告と同時期に採用された契約社員の雇用期間は、いずれも一年とされていた。

以上の事実関係の下では、同年三月二九日に成立した、本件雇用契約の期間を一年とする旨の原、被告間の合意がその後に変更されるなどの特段の事情を認めることはできないから、本件雇用契約の期間は一年(平成一一年四月一日から平成一二年三月三一日まで)とされたものであって、これを三か月とする被告主張は採用することができないものというべきである。

二  争点2(本件解雇の効力)について

1  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、二四時間勤務で各警備員に割り当てられた勤務サイクルに基づく自己の仮眠時間中、休憩室にある冷蔵庫から電磁波が出るので眠れないなどと言って、休憩室でテレビを見たりしているため、仮眠時間の終了後、警備業務に就こうとしても眠気に襲われてしまい、受付業務を同僚社員に任せて休憩室で休んでいることが多くあった。

また、原告は、仮眠時には、先に就寝している同僚社員がいるのに、勝手に仮眠室のエアコンの温度を一六度もの低温に設定してしまい、起きた同僚社員を身震いさせるということがたびたびあった。

(二) 警備員は、朝に配達される新聞を、購読している東京電力の各部署ごとに仕分けをして、事務棟三階にあるメールボックスに入れて配布する作業を行うが、右仕分け・配布作業は、「新聞配布表」というマニュアルに書かれたとおりに仕分けして配布する、ごく単純な作業であるのに、原告は仕分作業の途中で混乱し、パニック状態に陥り、同僚社員が配布先ごとにメモをるとるように指導しても、「こんなの必要ない」と言ってすぐにメモ書きを止め、同僚社員の助言に従わないという態度が見られた。

(三) 原告が警備員としての巡視業務を行う際、あらかじめ、所属班の責任者から、施錠してはいけない場所につき指示を受け、特に、東京電力社員のロッカールームは常時社員の出入りがあるので絶対に施錠しないように指示を受けていたのに、巡視中、施錠してはならない東京電力社員のロッカールームを施錠してしまったため、東京電力から被告に苦情の申入れがされた。その上、原告は、このように施錠した理由として「言われたとおりでは警備にならないような気がするから、上から下まで自分の考えで見回って必要な個所は施錠した」などと弁解し、自己の行為の正当性を強弁した。

(四) 原告は、同僚社員間の弁当の片付け当番に当たっていたのに当番の仕事をしようとしないので、見かねた年長の同僚社員が注意したところ、これを根に持った原告は、その後、来訪者から回収した入門許可証や構内通行証を右同僚社員が座っていた受付の机に叩きつける行為を数回繰り返したあげく、右同僚社員からこのことを注意されると、激しく興奮して、「一体お前は何なんだ」、「何様のつもりだ」、「いいかげんにしろ、馬鹿野郎」などと、聞くに堪えないような罵声を浴びせかけた。

また、原告は、所属班の責任者に対して本件就業規則のコピーを希望した際、担当者に相談するように指示されたことに腹を立て、右責任者に対し、「お前は自分が長く契約するために俺を陥れているだろう」、「馬鹿野郎」などと、罵声を浴びせ、「頭が痛い」などと叫んで休憩室に引きこもるまで、長い間これを止めようとしなかった。

(五) 原告は、警備室の受付で勤務中、誰も会話している者がいないときでも、突然大声で、「ついてない」、「失敗した」、「きつい」などと、何の脈絡もない独り言を叫んで同室で待機中の他の警備員を驚かせ、気味の悪い思いをさせるということがしばしばあった。

(六) 原告は、警備室の受付で勤務中、消しゴムに被告本社社員の名前を書き、鉛筆で繰り返しその箇所を突つき、所属班の責任者が会社の備品であるから止めるよう注意しても改めなかった。また、原告は、警備室付近にある東京電力の植込みの添え木を蹴り付けているところを同会社の社員に見つかり、千葉事業所防災センター所長が同会社の担当部署の社員に謝罪するということがあった。

2  以上認定の原告の言動に照らすと、原告が従事していた業務が、電力会社が設置運営する火力発電所という公共の安全に極めて重要な影響のある事業所の警備業務であることにかんがみ、原告には、右警備業務を遂行する上での適格性が著しく欠けているといわざるを得ず、本件就業規則一〇条七号にいう「その他契約社員を解雇するに足る重大な事由」があるものと認めることができるから、三〇日の予告期間を置いてされた本件解雇の意思表示により、本件雇用契約は、平成一一年八月六日をもって終了したものというべきである。

三  争点3(未払賃金の額)について

1  以上によれば、原告は、本件雇用契約に基づき、被告に対し、平成一一年七月一日から同年八月六日までの賃金(同年七月の一か月分の賃金と同年八月一日ないし六日までの六日間の日割計算による賃金)請求権を有することが明らかである。

2  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、被告における契約社員の賃金は月給制で、基本給(報酬月額)、特定勤務手当、現地手当、時間外手当等からなること、原告の平成一一年五月分賃金は、基本給一五万七〇〇〇円、特定勤務手当三万一四七五円、現地手当三〇〇〇円、時間外手当一二七二円であることが認められるところ、前記期間の未払賃金は、平成一一年五月分賃金における基本給一五万七〇〇〇円、特定勤務手当三万一四七五円、現地手当三〇〇〇円、以上合計一九万一四七五円を基準として計算するのが相当である。

そうすると、原告が被告に対して請求し得べき未払賃金の額は、二二万八五三五円となることが計算上明らかである(日割計算分については、円未満は五〇銭以上切上げ、五〇銭未満は切捨てによる)。

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 福岡右武)

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